大判例

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広島地方裁判所 平成元年(行ウ)1号 判決

原告

森脇勝義(X1)

楠忠之(X2)

屋敷一字(X3)

中本康雄(X4)

沖野仁(X5)

原告ら訴訟代理人弁護士

高村是懿

山田慶昭

津村健太郎

吉本隆久

阿左美信義

坂本宏一

被告

(広島県知事) 竹下虎之助(Y1)

(広島県副知事) 田中稔(Y2)

右二名訴訟代理人弁護士

竹村壽

被告

(広島県企業局長) 青木盛美(Y3)

(元広島県企業局総務課長) 黒田徹(Y4)

(元広島県企業局総務課長) 三反田義明(Y5)

右三名訴訟代理人弁護士

那須野徳次郎

被告

(広島県企業局開発課長) 富士岡務(Y6)

(広島県企業局開発課主幹) 増渕正(Y7)

(広島県企業局開発課専門員) 石井義郎(Y8)

右三名訴訟代理人弁護士

大原貞夫

理由

一  本件〔証拠略〕を総合すれば、次のとおりの事実が認められる。

1  本件事業は、広島市佐伯区吉見園沖の広島湾を産業廃棄物等で埋め立て、合計一五四ヘクタールの用地を造成して、外国貿易埠頭、住宅及び公園を建設するというもので、総事業費約一二一〇億円、事業期間一八年に及ぶ大型プロジェクト事業である。広島県(当時の県知事被告竹下)は、本件事業の実施のため、昭和五八年六月一一日副知事(当時被告田中)を本部長とする広島港五日市地区港湾整備事業推進本部(以下「推進本部」という)を設置するとともに、本件事業に伴う漁業補償の事務を専門に行わせるため、同年七月一日に広島港五日市地区漁業補償事務推進プロジェクトチーム(以下「プロジェクトチーム」という)を設置した、プロジェクトチームは、本件事業が大規模埋立事業であるため漁業補償の対象となる漁協が多数存し、交渉に困難が予想されたこと、広島都市圏の産業廃棄物処理のため本件事業を早急に進める必要があったこと(広島県は、昭和六〇年度中に漁業補償交渉を完了させることを目標としていた)等の理由から、これに関する漁業補償事務を円滑に推進する目的で企業局(当時の企業局被告青木)内に設置されたものである。総務課長を班長、開発課長及び開発課主幹を副班長とし、総務担当、補償担当及び土地造成計画担当の各班員(全体で二〇名程度)によって構成した。被告黒田(当時の総務課長)は昭和五八年度及び昭和五九年度の班長、被告三反田(後任の総務課長)は昭和六〇年度の班長、被告富士岡(当時の開発課長)及び被告増渕(当時の開発課主幹)は昭和五九年度及び昭和六〇年度の副班長(被告増渕は、補償担当の責任者でもあった)の地位にあった。被告石井は、昭和五九年度及び昭和六〇年度の補償担当の班員として、漁業権等の実態調査、資料収集、漁業補償額の算定、税務処理、補償交渉、転業対策等の事務を担当した。このような体制の中で、広島県は、昭和五九年秋ころから本件漁業補償交渉に入った。もっとも、昭和六〇年一月に第一回の補償額提示を行ったころから、漁業補償の経験が豊富な被告石井が、直属の上司を飛び越える形で、企業局長であった被告青木に状況報告し、直接指揮を受けて補償交渉を進めるなど、事実上強力な権限を有するに至り、プロジェクトチームの組織は形骸化していった。

2  被告石井は、本件漁業補償交渉開始前の昭和五九年五月ころから、最大の交渉相手である五日市漁協の幹部と広島市内の割烹、クラブ等で、交渉を兼ねて頻繁に飲食するようになった。その際、広島県側からは、被告石井ほか数名の補償担当班員が出席することがほとんどであったが、プロジェクトチームの班長であった被告黒田や被告三反田も出席した。また、調印式等交渉の節目にあたる場合には、推進本部長である被告田中及び被告青木等の幹部職員も出席していた。右のような飲食は、五日市漁協以外の各漁協との間でも行われ、その費用は、県側が支出する場合と漁協側が支出する場合とがあった。(五日市漁協は、漁業補償費の一パーセントを交渉経費等の名目で飲食費用に充てていた)。右飲食について県が支出した食糧費の額は、五日市漁協との間においては、昭和五九年度が五二八万二九六四円、昭和六〇年度が四六一万九四五〇円であり、その他の一〇漁協との間においては、昭和五九年度が一八四万一六二四円、昭和六〇年度が一七三六万五四四五円にも及んだ。

ところで、本件内規(これは、広島県で発生した不正経理の問題を契機として、昭和五五年二月に県が定めた「行政体質改善対策」の一部である)によれば、接待として会食又は夕食を提供する際は、原則として共済施設その他これに準ずる施設で行い、できるだけ質素なものとするとされ、費用の基準としては、共済施設を利用する場合で一人当たり八〇〇〇円以内、それ以外の施設を利用する場合には一人当たり一万五〇〇〇円以内とされていたにもかかわらず、右飲食は常に共済施設以外の場所で行われ、その金額のほとんどが本件内規の定める一人当たり一万五〇〇〇円という基準を大きく超えており、中には一人当たり一回四、五万円に及ぶ場合もあった。また、接待関係費用として食糧費の支出を必要とする場合の経理方法としては、その都度、目的、日時、場所、内容、参加人数等を明確にして支出伺いを立て、事前に稟議の上、総務部長の決裁を受けるものとされていた(さらに、業者に対し実際に支払いをする際には、担当者が支払調書を起案し、その専決者である予算係長の決裁を受けるものとされていた)ところ、右飲食代金については、ほとんど本件内規に反しており、支出伺書に真実の記載をしたのでは決裁を受けられなかったため、担当者が支出伺書を起案する段階において飲食の回数や出席人数を水増しし、あたかも一人一回当たりの飲食金額が本件内規の定める基準の範囲内であるかのように操作した上で決裁を受け、県費から支出するということがあった。

3  五日市漁協との漁業補償交渉は、他の漁協との交渉妥結に先立ち、昭和六〇年三月二〇日、三回目の提示額である総額七四億円余り(右金額は、当初提示額に約一四億五〇〇〇万円を上乗せした金額である)で双方合意した。国に対する埋立申請の必要書類として、その旨を記載した確認書が同日付けで作成された。広島県は、本件事業に係る関係各漁協との漁業補償交渉を一括処理する方針であったため、正式契約の調印こそ行わなかったが、右時点において五日市漁協との補償交渉は実質的には終了した。しかるに、被告石井は、被告青木の指示で、引き続き同漁協内部における補償金の配分問題の処理に関与することとなり、それに伴い、プロジェクトチームのメンバーと五日市漁協の幹部らとの交渉名目の飲食はその後も引き続き行われた。うち十数回については、県費からの支出を受けていた。昭和六一年三月二四日、他の各漁協との交渉が妥結する見通しとなったことから、右確認書の内容に基づき、正式な契約書が作成され、同日行われた契約調印式を最後に、県費による漁協幹部との飲食は行われなくなった。昭和六一年四月一日、目的を達したことによりプロジェクトチームは解散したが、被告石井は、引き続き各漁協との間で補償金の配分問題や税金対策、転業問題等の処理に事実上関与していた。その際、被告石井は、補償金の配分をめぐって五日市漁協の組合員らに便宜を図った謝礼として現金を受領したとの収賄の容疑で逮捕・起訴され、平成元年七月一八日に、五日市漁協の幹部二名とともに有罪判決を受けた。

4  前記のとおり、広島県は、本件漁業補償交渉に関し、昭和五九年度に七一二万四五八八円、昭和六〇年度に二一九八万四八九五円を食糧費として支出したが、これらは、いずれも議会を経た予算から支出され、決算書にも計上されて承認を受け、右予算、決算とも告示されているものであった。しかるに、議会における予算、決算の審議過程において、本件事業に関する食糧費の支出が問題視されることはなかった。もっとも、右食糧費は、予算の実施計画(予算説明書)においては、土地造成事業会計の「資本的支出(款)、土地造成費(項)、開発調査費(目)」に含まれることとされているものの、「食糧費」という名称自体は予算説明書には現れておらず、予算の執行の際に作成される会計書類において初めて「事務費(節)」に含まれる細節として登場するが、これが住民に公表されることはない(長には法律上公表する義務がない)。決算書においても、公表されるのは開発調査費の金額までである。

5  広島県議会議員の木村昭六は、昭和六二年九月ころ、本件事業に係る漁業補償をめぐり、広島県の職員と五日市漁協の幹部が毎晩のように豪遊しているとの話を聞き、昭和六三年一〇月ころには、五日市漁協の組合員と思われる人物から同様の趣旨の匿名の投書を受け取った。そこで、木村は、原告らと共に漁協関係者から事情聴取を行うなど独自の調査を行っていたところ、昭和六三年一一月八日、各新聞紙上において、五日市漁協が昭和六〇年度ないし昭和六二年度の決算を怠っており、漁業補償交渉費として拠出された約七四〇〇万円の使途が不明朗であるとの疑惑が報道された。また、広島県議会においても、昭和六三年一一月九日、企業会計決算特別委員会(企業局関係審査)で右疑惑の追及が行われ、当時企業局長であった被告富士岡は、本件漁業補償交渉に際し、広島県の職員が漁協の関係者と飲食しており、その費用は県費から支出した旨答弁した。さらに、翌一〇日、普通会計決算特別委員会(農政部関係審査)でも同様の追及が行われるに至り、右疑惑がテレビ、新聞等によって大きく取り上げられ、本件漁業補償交渉をめぐって、広島県の職員と五日市漁協の幹部とが、割烹、クラブ等で連日のように派手に飲食していた事実が報道されるようになった。

6  木村は、昭和五九年度及び昭和六〇年度の予算、決算関係の資料を調査したがその理解が困難であったことから、昭和六三年一一月中旬ころ、企業局総務課予算係長(前記のように、同係長は、食糧費に係る支払調書の決裁者であった)に対し、食糧費の予算、決算上の処理について一般的な説明を求め、さらに、決算特別委員会において提出された資料を調査して本件支出の金額を把握した。

7  原告らは、昭和六三年一一月二二日、広島県監査委員に対し、被告竹下、被告田中、被告青木ら本件漁業補償交渉に関わった職員につき、広島県が本件漁業補償交渉に関し、経費として支出した食糧費は、その大部分が不当な公金の支出に当たるとして、損害の填補のため必要な措置を求める旨の本件監査請求をしたが、同監査委員は、同年一二月一五日、原告らに対し、本件監査請求は監査請求期間を徒過しており不適法であるとして却下する旨の監査結果を通知した。

本件監査請求書において、本件支出が不当な公金の支出である理由として記載されているのは、〈1〉五日市漁協分の補償交渉妥結後の支出は本来必要のないものであるから全額不当であること、〈2〉新聞報道によれば一回の支出が本件内規の基準を大きく超えているから不当であること、〈3〉昭和五九年度における五日市漁協以外の漁協との補償交渉は一回だけであるから、それ以外の支出は全額不当であること、〈4〉本件支出は本件各漁協全体で一三八回もなされており、常識の範囲を超えて不当であること、大要以上のようなものであった。原告らは、本件監査請求に当たり、法令で要求される証明書のほか、添付資料として、広島港五日市地区港湾整備事業進行状況、広島港五日市地区港湾整備事業に係る漁業補償交渉の経緯、漁業補償交渉経費(食糧費)の支出状況、新聞記事の切り抜きコピーを提出した。新聞記事を除く資料は、いずれも前記の決算特別委員会の開催中に木村が県の担当部局から提供を受けたものである。新聞記事には、県職員と漁協幹部との飲食の模様が具体的に報道されており、そのうち「会食は広島市中心部の料理店からスタートし、二次会、三次会でスタンドやバーを回るコースが多い。時には菓子箱や果物など手土産を用意、一人四、五万円、合計で百万近くかかったケースもある。ある職員は『そうした場合は、一、二、三次会をそれぞれ別の会食として帳簿処理する』と話している」という中国新聞の記事は、そのまま監査請求書に引用され、本件支出が本件内規の基準を超えていることの根拠にされている。

8  被告竹下は、マスコミによる報道及び県議会における疑惑追及によって本件漁業補償交渉に伴う食糧費支出の問題が明らかになった後は、真相を解明するため、漁業補償検討委員会を設置し、県監査委員に対して特別監査を要求した。

二  以上の事実に基づき、まず、本案前の主張について検討する。

1  監査請求期間徒過の「正当な理由」について

(一)  法二四二条二項は、住民監査請求は、当該行為のあった日又は終わった日から一年を経過したときはこれをすることができないとしつつ、正当な理由があれば右期間徒過後であっても住民監査請求をなし得るものとする。これは、監査請求の対象となる行為の法的効果を早期に確定させ、地方公共団体の行財政の安定を図るとともに、そのような趣旨を貫くことが住民参政の観点から相当でない場合の例外を定めたものというべきである。このような観点からすれば、当該行為が秘密裡になされたために、住民が相当な注意力をもって調査しても客観的にみて当該行為の存在を知ることができない場合にまで、監査請求の期間制限を厳格に貫くことは相当でないというべきであり、かような場合においては、住民が当該行為を知ることができたと解されるときから相当な期間内に監査請求をすれば、「正当な理由」があったものとすべきである。

(二)  本件監査請求は、当該行為たる本件支出から一年以上を経過してなされたものであることが明らかであるが、予算書や決算書等、住民が入手可能な資料には、食糧費の具体的使途はもちろん、金額やひいてはその存在すら明らかでなく、議会審議の過程でも特に取り上げられなかったのであるから、本件支出がすべて予算内の支出であり、住民に対しことさら隠蔽されたものでないとしても、なお秘密裡になされたものとみて差し支えなく、住民が相当の注意力で調査しても客観的にみて本件支出を知り得なかったものというべきである。そして、原告らが本件支出を知ることができたのは、昭和六三年一一月九日及び一〇日開催の決算特別委員会の審査を通じて得た資料によるものというべきであるから、それから一か月以内になされた本件監査請求は、法二四二条二項に定める期間を徒過したことにつき「正当な理由」があるものというべきである。

なお、木村は、昭和六二年九月ころには、既に広島県の職員と五日市漁協の組合幹部が毎晩のように豪遊している旨の話を聞いていたのであるが、具体的な事実の摘示がなく、単なるうわさの域を出ないものであって、これによって本件支出を知ることができたとすることは到底なし得ないというべきである。

2  監査請求の対象の特定について

(一)  住民監査請求においては、その対象とする当該行為又は怠る事実を他の事項から区別して特定、認識できるように個別的、具体的に摘示することが必要であり、当該行為等が複数である場合は、原則として、各行為等を他の行為等と区別して特定、認識できるように個別的、具体的に摘示することを要するものといわなければならないが、当該行為等の性質、目的その他諸般の事情に照らし、これらを一体とみてその違法又は不当性を判断するのを相当とする場合においてはその限度で、個々の行為等を逐一具体的に摘示することなく監査請求の対象を特定し得るものというべきである。その際、監査請求の特定の有無については、事柄の性質上、住民訴訟と同程度の厳密な特定を要するものではなく、また、その判断に当たっては、監査請求書の記載のみならず、これに添付された事実を証する書面の記載や監査請求人が提出したその他の資料等を総合考慮すべきである。

(二)  これを本件についてみるのに、本件監査請求の対象とされた本件支出は、その個別的、具体的な支出の時期、金額は明らかにされていないが、昭和五九年度及び昭和六〇年度の本件漁業補償交渉における本件各漁協との接待に支出された食糧費であり、その目的、名称、期間からして包括的に他の支出と識別することができ、その違法又は不当とする理由については、昭和六〇年度の五日市漁協に関する食糧費の支出について、同漁協との漁業補償交渉が妥結した昭和六〇年三月二〇日以降に行われた飲食にかかるからすべてを不当な公金の支出とし、また、右以外の部分(昭和五九年度の五日市漁協ほか一〇漁協に関する食糧費及び昭和六〇年度の五日市漁協を除く一〇漁協に関する食糧費についての部分)も含めた本件支出について、本件内規の定める一人一万五〇〇〇円という基準に違反し、社交儀礼上相当と認められる範囲を超えた飲食であるから不当な公金の支出としていることは明らかであり、本件支出の大部分が不当であると主張しているのであって、本件支出につき、一体としてその違法又は不当性を判断することが相当である(監査請求の性質に照らし、監査請求の特定は、他の支出と識別して違法又は不当性を判断するに必要な程度で足り、具体的な損害賠償額が直ちに確定できなくとも、請求の特定に欠けることはないと解する)から、その限度で、個々の支出について個別的、具体的に摘示されていなくても、監査請求の特定に欠けるところはないというべきである。

3  「当該職員」について

(一)  法二四二条の二第一項四号にいう「当該職員」とは、当該訴訟においてその適否が問題とされている財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するものとされている者及びこれらの者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至った者を広く意味し、その反面、およそ右のような権限を有する地位ないし職にあると認められない者はこれに該当しないと解するのが相当である。この点についての原告らの主張は、独自の見解であって、採用することができない。

(二)  この点について本件をみるのに、本件訴訟において適否が問題とされている財務会計上の行為は予算の執行としての本件支出であるところ、予算の執行は長の権限である(法二二〇条一項)から、広島県知事である被告竹下は、本件支出につき法令上本来的に権限を有するものとされている者である。また、証拠(甲四六)によれば、広島県においては、内部規程(広島県公営企業決裁規程)により、一件一五〇〇万円未満の予算の執行を総務課長の専決事項と定めていることが認められるところ、本件支出がこれに当たることは明らかであるから、当時の総務課長であった被告黒田及び被告三反田は、長の有する財務会計上の権限を自らの決裁(専決)により補助執行すべきものとして、本件支出についての権限を有するに至ったものというべきである。したがって、右被告らは、法二四二条の二第一項四号にいう「当該職員」に該当するものというべきである。なお、被告竹下は、長として本件支出についての権限を法令上本来的に有する者であるから、たとえ専決に委ねることにより本件支出について現実に関与していない場合であっても、「当該職員」たる地位を失わないものというべきである。

(三)  これに対し、右被告らを除くその余の被告らは、本件支出について財務会計上の権限を何ら有していないから、「当該職員」に該当するということはできない。したがって、これらの者を被告として、本件支出の違法を理由とする損害賠償を請求する本件訴えは、法の定める住民訴訟の類型に該当しない訴えとして、不適法である。

ところで、原告らは、これらの者が「当該職員」に該当しないとしても、いずれも広島県に対して不法行為に基づく損害賠償債務を負っているから、その債権の行使を県が怠っている以上、これらの者は、法二四二条の二第一項四号に定める「怠る事実の相手方」に該当し、原告らは右損害賠償請求権を代位行使し得る旨主張する。しかしながら、右のような代位請求が許されるとすれば、地方公共団体の職員が財務会計行為でない職務行為によって地方公共団体に損害を与えた場合も、住民訴訟によって損害賠償請求権の代位行使が許されることとなり、法が住民訴訟の対象を一定の財務会計行為に限定した趣旨を没却するものというべきである。したがって、この点について原告らが主張するような代位請求も、法の定める住民訴訟の類型に該当しないものというほかない。

4  以上によれば、本件監査請求は適法であるから、これを却下した監査委員の決定は違法である。したがって、監査請求の通知が期間内になされなかったことになるから、法二四二条三項、四項、二四二条の二第一項により、原告らは適法に住民訴訟を提起し得ることとなる。しかしながら、本件訴えのうち、被告竹下、被告黒田及び被告三反田を除くその余の被告らに対する訴えは、法の定める住民訴訟の類型に該当しない訴えであるから、いずれも不適法である。

三  次に本案について検討する。

1  被告黒田及び被告三反田の責任について

(一)  前記認定のとおり、本件漁業補償交渉に際し、被告石井をはじめとするプロジェクトチームのメンバーを中心に、漁協幹部との間で、割烹、クラブ等で一人一回数万円にも及ぶ飲食が短期間に多数回にわたって行われ、その額も食糧費としては極めて多額となっていたのであるが、これが健全な常識ないし社交儀礼の範囲を免脱したものであることはいうまでもなく、本件支出のうち相当な部分が違法性を有するものというべきである。当時総務課長であった被告黒田及び被告三反田は、本件支出に係る専決者として、普通地方公共団体の長が本来的に有する財務会計上の権限を自らの決裁により補助執行すべき立場にあったから、長と同様に、予算を誠実に管理し執行する義務を負っており、本件漁業補償交渉に関し、右のような非常識な飲食が行われている事実を知り(右被告らも多数回にわたって飲食に出席していた)、又は、これを容易に知り得る立場にあったにもかかわらず、重大な過失により、人数、回数等について虚偽の記載がなされた支出伺書を漫然と決裁するなどし、違法な公金の支出をなさしめたものとして、これによって広島県に生じた損害を賠償すべき義務を負うと認める余地がある。

(二)  しかしながら、広島県においては、免除条例が平成元年三月二七日に公布・施行され、同年二月二四日から適用され、これによれば、法二四三条の二の規定による職員の賠償責任に基づく債務で、昭和六四年一月七日前における事由によるものは、将来に向かって免除するものとされているところ、本訴請求は、法二四二条の二第一項四号の規定に基づき、広島県に代位して、法二四三条の二第一項所定の職員である被告らに対し、昭和六四年一月七日前における同条項所定の事由を理由とする損害賠償を求めるものであることが明らかであるから、被告黒田及び被告三反田が広島県に対して損害賠償債務を負うものとしても、右債務は、免除条例の適用により既に免除されて消滅したというべきである。したがって、原告らの被告黒田及び被告三反田に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

2  被告竹下の責任について

(一)  地方公共団体に対する長の損害賠償責任について、法二四三条の二の適用はないと解すべきであるから、被告竹下に免除条例の適用はない。もっとも、本件支出は総務課長の専決によって処理されていたから、長である被告竹下は、専決者たる被告黒田及び被告三反田らにおいて財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に反し、故意又は過失により、右被告らが財務会計上の違法行為をすることを阻止しなかったときに限り、損害賠償責任を負うものというべきである。

(二)  そこで検討するのに、本件支出は、食糧費という比較的少額かつ日常的な予算の執行であることに照らすと、特段の事情がない限り、長がその適否について格別の注意を払うことは期待し難く、また、それもやむを得ないものというべきであるところ、前記認定によれば、本件支出は、通常の予算執行と同様、法令による手続を経て外形上は適切に行われ、右支出から約三年を経過した昭和六三年一一月ころになってはじめて問題となったものであって、それまでの間においては、監査委員による審査や議会における審議の際にも何ら問題とされることなく処理されていたというのであるから、本件において、被告竹下が、専決者たる被告黒田及び被告三反田の支出行為が違法であることを知り、又は、これを容易に知り得たとは到底なし難く、被告竹下には専決者に対する指揮監督上の義務違反はないというべきである。したがって、原告らの被告竹下に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

四  よって、原告らの本件訴えのうち、被告田中、被告青木、被告富土岡、被告増渕及び被告石井に対する訴えはいずれも不適法であるから、これを却下することとし、その余の被告らに対する請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林正明 裁判官 喜多村勝德 角井俊文)

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